Saeri blog

バレンシアに着いた日

by さえり

5月23日からわたしはスペインのバレンシアで生活している。本ブログでは、スペインでの暮らしを少しずつ綴る。

「どうしてバレンシアなの?」

出発前、いや出発後も、なんでスペインなの? どうしてバレンシアなの? 何度も聞かれたけれどあまり理由なんてない。大学のころ第二外国語で少しだけスペイン語を勉強していたこと(ごく基礎的なことしか覚えていないけど)と、二年前に一人旅で南スペインに出かけたことがあったこと、オリーブや生ハムといったスペインならではの食べ物が大好きなことが挙げられるくらい。

その他暮らしの候補地には、ベルギーやデンマークも上がったけれど、ベルギーは当初テロがあったばかりだったし、デンマークは寒そうなのでやめた。

バレンシアのplaza de Ayutamiento (市役所広場)

じゃああたたかそうなスペイン、と決めたはいいが場所には迷っていた。暮らすなら都会すぎず田舎すぎないところがいい……それで候補に上がったのがバレンシアだった。

バレンシアはマドリッド、バルセロナに次ぐ三番目に大きい都市。といっても、人口は80万人ととてもこじんまりしている。渋谷のスクランブル交差点が1日に50万人程度の人数の行き交いがあるらしいから、そう考えればかなり小さな街なのがよくわかる。

これといって目玉の観光地もないが、強いて言えば3月に行われるfallas(ファジャス)という火祭りが有名。本当にこれ以外は特に調べなかったと思う。オレンジのイメージしか持たず、わたしはバレンシアへと旅立った。

着いた日の話。

スペインへは直行便がない。今回はturkish airline(トルコ航空)で向かい、トルコのイスタンブールを経由した。チケット代は安く、往復で10万円程度。もっと安い時期もあるというのだから、海外が近くなったと思えてくる。

東京の成田からバレンシア空港まで、トランジットをふくめおよそ20時間。聞こえる言語が英語とトルコ語から、徐々にスペイン語に移行する。イスタンブールからバレンシアに飛ぶころには、日本人は一人も見かけなくなっていた。

バレンシア空港

たどり着いたバレンシア空港はこじんまりとしていて、面倒な入国審査などはひとつもなかった。パスポートを出し「Hola!」と意気揚々と挨拶をしてスタンプを押してもらい、荷物を受け取ったあとは誰もいない出口をスイッと抜けた。アメリカのように怖い顔で、どこへ行き何をしに来てどこに泊まるのかなどと聞かれることもない。拍子抜けするほど簡単に、わたしはバレンシアの地に降り立った。

以前アンダルシアを一人で旅行したときマラガ空港を利用したのだが、マラガの市内に行くバスを見つけるのが難しく、着いた途端右往左往したものだった。けれどここでは簡単にタクシーを見つけることができた。何度もこの空港に来たことがあります、というような顔でスムーズにタクシーにのりこむ。

バレンシアの市内までは、タクシーで15分程度(15ユーロ〜20ユーロ程度)。電車でも一本で行くことができる便利な立地。

バレンシアの空は飛行機雲が多く走る

タクシーに乗って眩しい日差しを浴びて光っている道を眺めてすぐに、ここを選んでよかった、と思った。道も人も建物も、真っ青な空の下で喜ぶひまわりみたいに見えた。同時に空を見上げると飛行機雲が二本、まるで空に道を作っていくように走っていた。ああ、いい滞在になりそうだ、と予感した。

サングラスをかけた渋いおじちゃんの荒い運転はわたしを市内へと運ぶ。

わずか15〜20分程度でホテルのすぐそばまでつき、おじちゃんにサングラスをしたまま「Adios(アディオス)」と言われ、そうだここはスペインだと心が躍る。Thank youなどと言わないように、わたしは一息飲み込んで、ゆっくりと「Gracias(グラシアス)」とお礼を言う。

そして重い荷物とは裏腹に軽い足取りで小道に入り、泊まるはずの家を前にハタと気付く。

しまった、ホテルの人と事前に連絡をするのを忘れた、と。

ホテルがあったcalle rumbau

スペインのランクが高くないホテルによくあることなのだけど、ホテルと鍵の受取場所が異なることが多々あり、宿泊者は事前にホテルの人と鍵の受取場所について連絡をしあう必要がある。以前アンダルシアにいったときに、それを痛感したはずなのに。人は本当になんでもすぐに忘れてしまうらしい。

「しまった、フロントがない」

wifiがないと使えない携帯を手にどうすることもできず、いっそどこかの部屋の呼び鈴を鳴らして助けてもらおうか、でもそうだとしてもどのボタンを押す?

ホテルはBooking.comで予約した

そのとき大きな荷物を持って明らかに困っているアジア人を見かねて、おばちゃんが話しかけてくれた。それは恐ろしく早いスペイン語で「わたしスペイン語がわからないの」と英語で答えたけれど、所詮言語のぶつかり合いが起こっただけだった。

それでも途中「日本人?中国人?」と聞かれたことだけがわかり、すがるようにわたしは答える。

「日本人よ、わたし日本人」

「日本人ね。わたし中国人なら知ってる。こっち来て」

…。突然アジア人を連れてこられた中国人の女性が「わたしは日本語も英語もダメよ」と困った顔で言ったのがわかる。そうだよね、顔が似てるだけで、ごめんね。

数十分にわたり格闘をしてようやく事態をわかってくれた彼女は、親切にもホテルに電話をしてくれた。数分後にホテル前に鍵を持ったスタッフが到着した。ホテル前に始めについてから1時間ほど後のことだったように思う。

スタッフのお兄さんははじめ恐ろしく早いスペイン語で話しかけてきたけれど、まばたきだけを繰り返すわたしを前に「Do you speak English?」と聞いてくれた。わたしが安堵から壊れたおもちゃのように頷くと「Perfect」と笑って、説明を始めた。

このあたりには美味しいバルがあるよ、スーパーはこの辺にあるよ、買い物はここでしてね、と地図に一つずつ丸を書いていく。

そして最後に「一番重要なことを言うよ。スペインでは、パエリアは昼に食べるもの。昼は出来立てを食べられるけど、夜のパエリアは冷凍された観光客用のものだから、食べちゃダメだよ。いい?」と。

知らなかった、絶対に夜には食べまいと心に誓って鍵を受け取る。

ドアを開け、エレベーターのない階段を見つめる。口コミで読んでいたから覚悟はしていて、低い階だとだといいなと願っていたけれど、大当たりの最上階、5階だった。

荷物を持ち、狭すぎる階段を上っていく。成田で荷物の重さを測ったときに見た18kgの文字が脳裏に浮かぶ。

だいじょうぶ。これくらい、なんでも、ない。だいじょうぶ、ひとりで、平気、へっちゃら。

階段ひとつずつ、励ました。足にたくさん痣をつくりながら、5階にたどり着く。上がる息を落ち着かせながら鍵を開ける。

キッチン付き。仕事に適した机も、リラックスに適した机もあった。

宿は1週間分予約していた。ここで仕事をして過ごすのだ、と思うと心が躍って、先ほど強くぶつけた膝と、強く握りすぎてしばらく開かなくなった指も、どうでもよくなった。

到着して早々にやらなければならない原稿が幾つかあり、部屋に引きこもってもいいようにお水やジュース、ボカディージョ(スペインのサンドイッチのこと。バゲットが主流)などを買った。

街は、安全な空気。のんびりした人たち。でもわたしは一人旅行。知らない街で、携帯を取り出して立ち止まってパシャパシャするのは少し怖い気がして、写真を撮るのもそこそこに部屋へと引き上げる。

不意に疲れがぐわりと襲ってきて、眠気に襲われる。ここの日の入りは21時半。外の明るさから身を隠すように、もそもそと布団に潜る。窓の外から20時をつげる鐘の音とアコーディオンの演奏が聴こえてきた。

いい滞在になりそうだ。

その日何度も思った予感をもう一度噛み締めながら、その日は眠りについた。

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