Saeri blog

予定をすこし早めて50日ぶりに日本に帰ってきた

by さえり

先日無事に日本に帰ってきた。少し予定を早めて、帰国した。理由は先日のブログにかいたとおりで、もっと言えば「未来につながる色濃い線」が欲しくなった。

バレンシアで過ごす時間はとっても楽しくてわたしはあそこが大好きだし、新しくできる友人も優しくて、怖いことは一つもないし、ご飯も美味しいし、平和だった。でもわたしはいずれ帰らなくてはいけなくて、そのせいでどうしても気持ちが「借りぐらし」なのだった。それはそれで刺激的で楽しいのだけど、だんだんと「日常に戻って、未来につながる色濃い線を作りたい」と思うようになった。

バレンシアにいても書かなくてはならない原稿はたくさんあったけれど、暮らすにつれて(物理的な仕事量とは関係なく)心持ちがのんびりしすぎて焦った(どこに住んでいても同じ精神性を持ち続けられていれば良い話なのだけど私には無理だった)。精神的な面で、いまはもっと仕事したい、と思った。我ながら日本人らしい勤勉性。スペイン人の友人には「なんでのんびりがダメなの?」と本気で不思議がられたが、バレンシアで暮らす日本人の友人には「わかる」と共感された。

そのほかにも、日常のリズムを作りたくなったし、今後も続くかもしれない人との新しい出会いを住処周辺で欲しくなった。それに家を引き払って東京を出たので移動を繰り返すうちにそろそろ「安心できるわたしの家」も欲しくなった。そういういろいろがはっきりとわかって、急遽チケットを変更してすぐに帰ってきた。

帰ってきたときの話

たった50日程度しか日本を離れていないので、日本に帰ったときは「懐かしい」とは違う感覚だった。なにもかもが変わらずにそこにあって妙だった。自分だけがタイムマシンか何かに乗って帰ってきた人のように感じられて、その妙な湧き上がる気持ちを真剣に見つめてみたら、これは日常に戻るときの歪みなんだろう、と思った。その時の記録をすこし。

先日テロがあったばかりのトルコのイスタンブールを経由したけれど、銃を持った人が警備にあたっている以外はアタチュルク空港は至って平和だった(クーデター前に帰国したのだ)。


3時間ぶらぶらと空港を歩きTOKYO NARITA行きのゲートにたどり着くと、日本人がたくさんいた。日本人だ、と思うと同時に、自分の身なりに急に目がいった。髪の毛跳ねてる。服が変かも、それにわたしだけ荷物多すぎ……。今まで海外で全く気にしなかったことが急に気になりはじめ、わたしは跳ねた髪の毛を女性の手つきでなでつけた。周りが同じ人種に囲まれるだけで急に人の視線がきになるのは、日本人同士があまりに似通っているからなんだろう。

だんだんと耳に日本語が入ってきて、その他に英語やスペイン語や知らない言語が混ざった。飛行機に乗り込むと日本語が話せる添乗員さんがいて、彼らとは日本語で、隣に乗り合わせたノルウェー人とは英語で会話し、わたしたちの前に座っている家族が発するスペイン語の響きに耳を傾けた。

成田につくと、目と耳に入る言葉は全て日本語に変わった。成田はすこし乾いたおせんべいの匂いがした。こっちかな?と歩き出した瞬間、わたしからは異国の匂いがした。バレンシアで買ったシャンプーやコインランドリーで自動的に降り注がれた洗剤の匂いのせいだった。おせんべいの匂いの中で、強めのその匂いはすこし異質な気がした。

感慨を噛み締める間もなく、ちょうど良く訪れたバスに急いで乗り込む。バスにのると運転手が車内の気温を告げ、暑かったり寒かったりしたら遠慮なく言ってくださいという旨のアナウンスをし、ようやくここは日本だと実感する。もう店に入ったら暑すぎて「暑い」と告げると「エアコンないからね!」と堂々と言われる国と違う。

少し眠ってめがさめると、くらい夜道に蛍光灯がポツポツと光り、スーツを着た人たちが歩く街を走っていた。薄暗くて、みな一様に見なれない服をきていて(スペインでほぼスーツを見なかった)、景色は全然違うのになぜか教科書で見た江戸時代の絵を想起した。みんな体が小さく、若い男の人はみな髪が長くみえた。女の人はやたらと重ね着をしていて(レギンスや薄手のカーディガン、ワンピースの胸元のキャミソールなど)、色味はみんな暗めだった。

それらを新鮮な気持ちで眺め、品川でバスをおり、久しぶりの日本食を求めて歩く。すれ違う人の会話が、理解できる。看板もすべて、読める。情報量がおおすぎてくらくらすると思った。

「いや、でも笑ってやりすごすのが大事!あんたはエラい!」

「こいつ酔ってて、すんません。ハウス!ハウス!あはは」

最近街中の会話が聞こえないことがやや寂しかったけれど、久しぶりに聞こえてきた内容はくだらないものばかりで、くだらなさすぎて愛おしくなった。

牛タンが食べられるお店にいき、定食を頼む。湯気のでる麦飯に、温かいスープが嬉しかった(スペインのスープは冷たいかぬるい)そのためか温かなスープはやたら嬉しく、すこし涙が滲んだ。

ごはんを食べながら「あ、店が閉まる前にお水を買わなきゃ」と思い、そうかここは日本だったと思い直す。コンビニにはいると「いらっしゃいませこんばんは」に何か返事を返さなければいけないようなきがする(スペインではHolaと挨拶をしあう)。

「336円です。はい、ありがとうございましたまたおこしくださいー」そうだ、目が合わないんだった。微笑みあわないんだった。

がっはがっはと酔ったおじさん特有の笑い声がする。スーツをきた人同士が笑いあっている。その顔に疲れが滲んでいる。タクシーが飲み屋の前で行列をつくっている。高いヒールを履いたOLが足を引きずっている。同僚と思われる二人が、どうも〜どうも〜と頭を下げながら道を分かれていく。

サラリーマンの汗の匂いと、飲み屋の匂い。品川にも乾いたおせんべいのような匂いはまだ続いていた。

あぁこれが日本だ。わたしの家だ。わたしが予定を変更してまで帰りたかった場所か。

そう思いながら歩いていると、後ろから「どこかいきませんか。ぼくもう帰れなくて」と声がかかった。振り向くと(本当に冴えない)40代くらいのサラリーマンだった。目尻とおでこ、口元に年を感じさせ、頰にはシミがあった。

「帰れないんですね。かわいそうに」と静かにいうと「そうなんです。ぼくかわいそうだから泊まって行きません?」などという。急にイラっとした。そんな文句で女が捕まるなんてこの人も思ってないだろうに、とりあえず投げてみるか、みたいな投げやりな文句がムカついた。心のなかで「こちとら20時間かけてスペインから帰ってきて、いま日本をひとつひとつ愛おしんでいるところなんだから、くだらねー口説き方で邪魔すんなよ」と3割増で悪態をついたらちょっと落ち着いてきて「ごめんなさい。おやすみなさい」と微笑んだけれど、男は途中まで聞いたところでUターンしていった。そのせいで、わたしの「おやすみなさい」は日本の大気に彷徨ったように感じた。

バレンシアで買った服をきて、異国の匂いのままおせんべいの中をあるいて、シャワーを浴びた。

深めの浴槽に立ってお湯が安定しているシャワーを惜しみなく浴びていると、やっぱりこの日本にわたしの日常があるなと安心した。

たっぷり「美白効果」のある化粧水を顔に塗ってはやくこっちも日本に馴染めと念じ、疲れ果てた体を投げ出した。

眠りにつく前にバレンシアの夜を想い、夢との境目をなくして、50日ぶりの日本の始まりとした。

それから数日が過ぎて、むんと蒸し暑く重たい空気を断ち切るように幾度か大雨が降り、バレンシアの陽気な夜はすでに遠い。

50日間海外にいて、なにか変わっただろうか。これ、といえるようなものは何もない。どこにいても考えることも悩むことも一緒だったし、価値観なんてそう変わらない。そんなこと出発前からわかっていたけれど、でも実際にバレンシアを歩きながら日本と同じことを考えている時、不意に自分の輪郭がはっきりしたようで嬉しかった。どこにいたってわたしはわたしでいられる。

どこで生きたって変わらない。従ってどこでも生きられるし、その上でわたしはいま日本にいたい。予定を早めたこと自体も自分の意思がはっきりしていることの象徴のようで、何もかもが嬉しかった。必要なときに必要な場所で生きられる喜びと、必要なものをきちんと感じられる喜び。
できる限りこれからも、心に従って生きたい。

もうそろそろ東京に戻る。たぶんもう、おせんべいの匂いはしないだろう。家を見つけ、日常を築く。きっとすぐに「原稿が終わらなくて逃げ出したい」とか言うんだろう。いまはそういうことすらワクワクと待ち構えている。

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